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北魏(南北朝)第7代

宣武帝元恪

在位 499–515年(15年281日)499年5月7日 〜 515年2月12日

日本は古墳時代

元恪は孝文帝の跡を継いだ北魏の皇帝で、の高肇を信任し、そのもとで叔父の北海王と彭城王が死んだ。仏教を篤く崇めた。

宣武帝の人物データ

生年
483年
在位
  • 499年5月7日〜515年2月12日
15年281日長い順78位/365人即位の年齢は不詳
没年
515年2月12日33歳(数え年)長生き順同率173位/266人
死因
同じ死因169人/365人
即位経路
先代
次代
呼び名
姓元諱恪廟号世宗呼び名の見方

出典

在位
魏書 巻八(帝紀第八、世宗紀)
死因
魏書 巻8 世宗紀
即位経路
魏書 巻8 世宗紀

生涯

どんな皇帝か

魏書のは、辺境は服したが、下に寛大で決断に欠け、孝文帝の気風は衰えたと評する。

即位まで

孝文帝の第2子で、483年に生まれた。幼くして度量が大きく、喜怒を顔に出さなかった。孝文帝が宝物を並べて子らに取らせたとき、ほかの皇子が珍しい品を争うなかで骨の如意だけを取った。生母の高氏は、馮が元恪を養おうとしていたころ、洛陽へ向かう途中で急死した。兄の太子元恂が廃されたのち、497年に皇太子に立てられ、499年に魯陽で即位した。

史料について

生母の死を、文昭皇后伝は馮昭儀が人を遣わして害したとも言われたと記し、の旧制による死とは書かない。

治世と最期

500年ごろには、平城の石窟にならい、洛陽の南の伊闕山に父と母のための石窟を造らせた。501年にを始めると、叔父の咸陽王元禧が謀反を図って死を賜った。これを機に生母の兄の高肇を信任し、高肇の進言では囚人同然に見張られた。

寵臣の趙修を引き立てたが、高肇らが罪を構えて密告すると、死刑は忍びないとして鞭百と流刑にした。刑を監した甄琛らは三百打たせ、趙修は道中で死んだ。叔父の北海王元詳は貪欲で知られたが、帝はその母を阿母と呼ぶほど親しんだ。のち高肇が謀逆を讒言すると、帝は貪淫の罪で弾劾させてに落とし、元詳はまもなく急死した。508年には弟の京兆王元愉が、高肇が帝の殺害を謀っていると称して冀州で反した。そのさなか帝は、叔父の彭城王元勰が元愉に通じたという高肇の誣告を、偽の証人を立てられて信じた。元勰は帝に一目会いたいと求めたが、毒酒を持ってきた元珍に退けられ、殺された。捕らえられた元愉の誅殺を帝は許さなかったが、元愉は都へ送られる途中で泣いて息絶えた。

仏理を好んで毎年自らを講じ、延昌年間には天下の寺が13727に達した。515年の初めに病んで没した。

史料について

趙修の死を、元紹伝は元紹が杖で打たせて死なせたとする。元詳の死を、高肇伝は高肇が陥れて殺したとし、元愉の伝は、元愉も高肇が殺させたとも言われたと記す。

宣武帝とつながる皇帝

南北朝の勢力図(499年)

勢力図

南北朝の勢力図で見る

499–515年の地図に、宣武帝が治めた国が描かれています。

在位中の出来事

反乱17・皇后2・改元4・大赦9
  1. 499年5月7日
  2. 反乱499年8月沈陵の乱
  3. 反乱499年11月王恵定の乱
  4. 改元500年元号を「景明」とする
  5. 500年
  6. 反乱500年柳世明の乱
  7. 501年
  8. 501年
  9. 皇后501年皇后を立てる
  10. 反乱501年咸陽王元禧の乱
  11. 反乱502年魯陽蛮の反乱
  12. 反乱503–505年東荊州蛮の反乱(樊素安・樊秀安)
  13. 改元504年元号を「正始」とする
  14. 504年
  15. 反乱505–506年氐族の反乱(梁州・仇池)
  16. 反乱505–506年武興国楊集起の謀反
  17. 506年
  18. 反乱506年秦州民変(呂苟兒の乱、建明政権)
  19. 改元508年元号を「永平」とする
  20. 508年
  21. 皇后508年皇后を立てる
  22. 反乱508年元愉の乱(建平帝僭称事件)
  23. 反乱508年郢州彭珍・三関侯登の反乱(義陽危機)
  24. 反乱508年白早生の乱(懸瓠占拠)
  25. 反乱508–509年宿豫戍主景俊の反乱
  26. 反乱509年涇州沙門劉慧汪の乱
  27. 反乱510年秦州隴西羌の反乱
  28. 反乱511年汾州劉龍駒の乱
  29. 改元512年元号を「延昌」とする
  30. 512年
  31. 514年
  32. 反乱514年幽州沙門劉僧紹の乱(浄居国明法王)

北魏の歴代皇帝

歴代12人の一覧

年表

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北魏が中国史のどこにあたるか、同じ時代の王朝と前後の時代を並べて見られます。

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