本文へスキップ

武帝の肖像画

梁・南北朝第1代

武帝蕭衍

在位 502–549年(47年43日)502年4月30日 〜 549年6月12日

日本は古墳時代

蕭衍は梁を開いた皇帝で、502年に斉から帝位を受けたが、侯景の乱のさなか549年に没した。

武帝の人物データ

生年
464年
在位
  • 502年4月30日〜549年6月12日
47年43日長い順8位/365人39歳で即位(数え年)
没年
549年6月12日86歳(数え年)長生き順2位/266人
死因
同じ死因169人/365人
即位経路
(易姓)
先代
  • 和帝斉・南北朝武帝は和帝の同族(遠縁)
次代
  • 簡文帝梁・南北朝簡文帝は武帝の子
呼び名
姓蕭諱衍字叔達幼名練児廟号高祖呼び名の見方
目立つ記録

出典

在位
梁書 本紀第二 武帝紀中(即位記事)・梁書 本紀第三 武帝紀下(崩御記事)
死因
梁書 本紀第三 武帝下/資治通鑑 卷一百六十二 梁紀十八
即位経路
梁書 本紀第一

生涯

どんな皇帝か

梁書のは、魏晋以来の盛時を開いたとする一方、晩年に朱異らに政を委ねて乱を招いたと評する。

即位まで

幼くして母を亡くすと3日水も口にせず、父の喪には昼夜兼行で戻り、哭くたびに血を吐いた。500年、長兄の蕭懿が東昏侯に殺されると襄陽で挙兵した。荊州の蕭穎冑と結び、穎冑の側が南康王を江陵で帝に立てた。建康を囲むと、張稷らが東昏侯を斬って首を送ってきた。梁王となり、502年に斉の帝から禅りを受けて即位した。

治世と最期

夜更けまで書を読み、多くを著した。冬は未明に起きて政務を見て手があかぎれになり、布の衣を着て酒を飲まず、儀礼の場のほか音楽を用いなかった。一日一食で、膳は豆の羹と粗食だけだった。時政を批判した賀琛を怒って責め、自らの節倹を並べたので、賀琛は以後批判しなかった。527年以後たびたび同泰寺で身を捨て、らが銭で買い戻すこともあった。

547年、東魏の侯景が13州をもって帰属を求めた。謝挙らは反対し、帝も迷ったが、内心を探った朱異に勧められ、中原平定の夢も思って受け入れた。翌年侯景が挙兵すると臨賀王正徳が寝返り、549年に宮城が陥ちた。陥落を告げられると、自分で得て自分で失ったのだ、何を恨もうかと嘆いた。謁見した侯景は帝に問われても答えられず、退出して天威は犯しがたいと言った。

その後は求めるものを与えられず、憂い憤って病に伏し、同じ年に没した。

史料について

侯景との謁見に南史の侯景伝は問答を加え、天下に我が物でないものはないと答えた侯景に帝がうつむいて黙ったとする。梁書の侯景伝は御膳まで削られたとし、南史と資治通鑑は、蜜を求めても得られず、荷、荷と二度言って没したと書く。達磨に功徳なしと言われた話は、梁書・南史・魏書・北史・資治通鑑に見えない。

武帝とつながる皇帝

南北朝の勢力図(502年)

勢力図

南北朝の勢力図で見る

502–549年の地図に、武帝が治めた国が描かれています。

在位中の出来事

反乱6・改元7・大赦37
  1. 改元502年4月30日元号を「天監」とする
  2. 502年4月30日即位に伴う大赦。
  3. 反乱502年5月〜502年6月陳伯之の乱
  4. 反乱502年6月〜503年5月劉季連の益州拠守
  5. 504年
  6. 505年南郊親祀に伴い赦天下。
  7. 506年出師が長期化したことに伴い大赦。
  8. 507年
  9. 509年南郊親祀に伴い赦天下。
  10. 511年南郊親祀に伴い大赦。
  11. 514年親耕籍田に伴い赦天下。
  12. 515年皇太子冠礼に伴い赦天下。
  13. 516年
  14. 518年
  15. 519年
  16. 改元520年元号を「普通」とする
  17. 520年改元に伴い大赦。
  18. 521年
  19. 522年
  20. 523年南郊親祀に伴い大赦。
  21. 525年南郊親祀に伴い大赦。
  22. 525年大赦(豫章王綜の魏投降を受けての混乱下)。
  23. 526年
  24. 改元527年元号を「大通」とする
  25. 527年同泰寺捨身からの還宮・改元に伴い赦天下。
  26. 改元529年元号を「中大通」とする
  27. 529年南郊親祀に伴い大赦。
  28. 529年
  29. 529年同泰寺無遮大会捨身からの還宮・改元に伴い大赦。
  30. 531年南郊親祀に伴い大赦。
  31. 531年晋安王綱(後の簡文帝)を皇太子に立てるのに伴い大赦。
  32. 反乱531年蕭正則の広州侵寇未遂
  33. 533年南郊親祀に伴い大赦。
  34. 534年親耕籍田に伴い大赦。
  35. 改元535年元号を「大同」とする
  36. 535年改元に伴い大赦。
  37. 537年南郊親祀に伴い大赦。
  38. 537年阿育王寺行幸に伴い赦天下。
  39. 538年如来真形舎利が降ったことを機に大赦。
  40. 540年
  41. 541年南郊親祀に伴い赦天下。
  42. 反乱541–548年李賁の乱(交州)
  43. 反乱542年劉敬躬の乱
  44. 改元546年元号を「中大同」とする
  45. 546年
  46. 546年同泰寺法会に伴い大赦・改元。
  47. 改元547年元号を「太清」とする
  48. 547年南郊親祀の詔で大赦。
  49. 547年同泰寺捨身からの還宮・改元に伴い大赦。
  50. 反乱548年10月〜549年6月侯景の乱

梁・南北朝の歴代皇帝

歴代5人の一覧

年表

南北朝の時代を年表で見る

梁・南北朝が中国史のどこにあたるか、同じ時代の王朝と前後の時代を並べて見られます。

即位経路が「受禅(易姓)」の18名をデータベースで見る

収録基準・各項目の数え方・出典はこのサイトについてを、ほかの皇帝は皇帝一覧をご覧ください。