本文へスキップ

武則天の肖像画

周(唐)第1代

武則天武曌・則天武后

在位 690–705年(14年128日)690年10月16日 〜 705年2月21日

日本は飛鳥時代

武則天は唐の高宗の皇后から政治の実権を握り、690年に国号を周と改めて自ら皇帝となった。

武則天の人物データ

生年
不詳年齢は史書に記された年齢から数えた
在位
  • 690年10月16日〜705年2月21日
14年128日長い順92位/365人68歳で即位(数え年)
没年
705年12月16日83歳(数え年)長生き順同率3位/266人
死因
同じ死因169人/365人
即位経路
(易姓)
先代
  • 睿宗唐武則天は睿宗の母
次代
  • 中宗唐復位による継承・中宗は武則天の子
呼び名
姓武諱曌諡号則天大聖皇后別称則天大聖皇帝呼び名の見方
目立つ記録

出典

在位
旧唐書 本紀第六 則天皇后
死因
旧唐書 巻六(則天皇后、神龍元年十一月条)
即位経路
旧唐書 巻六(則天皇后)

生涯

どんな皇帝か

旧唐書・新唐書・資治通鑑は武則天を悪女とは呼んでいない。旧唐書は皇后の座を奪うためにおくるみの子の喉を絞め、王皇后を惨く殺したと責め、同時に正論を聞いて酷吏を誅し、最後は子に政治を返したと認めている。

即位まで

十四歳で太宗の後宮に入り、太宗の死後は尼になっていたが、高宗に再び宮中へ召された。655年、高宗は王皇后を廃して武則天を皇后に立てた。幽閉された王皇后と蕭淑妃を高宗がひそかに見舞ったと知ると、武則天は二人を打たせて手足を切り、酒甕に投げ込ませた。高宗が病に苦しむようになると上奏の決裁を任され、夫と並んでと呼ばれた。683年に高宗が亡くなると皇太后として政治を代行し、翌年には中宗を廃して睿宗に替えた。690年、6万余人の上奏を受けて即位し、国号を周と改めて、睿宗をに降した。

治世と最期

謀反を恐れて密告を奨励し、密告者には農夫でも自ら会い、周興や来俊臣ら数十人の酷吏に意に沿わない者を罪に陥れさせた。来俊臣ものちに都の市で斬られ、人々は祝い合った。人を用いるのに位を惜しまず、言うことが合えば序列を飛ばして官を与え、務まらなければすぐに退けたり誅したりした。

跡継ぎには武三思を考えたが、狄仁傑らにおばと甥、母と子のどちらが近いかと説かれて、廬陵王(中宗)を呼び戻した。

705年、病床の武則天のもとで皇太子と桓彦範らが兵を率い、寵愛されていた張易之・張昌宗を斬った。位を譲るよう迫られた武則天は、皇太子に位を伝えて上陽宮に移った。同じ年に亡くなり、遺言で皇帝の号を去って則天大聖皇后と称させた。

史料について

廬陵王を呼び戻した経緯は新唐書の狄仁傑伝による。資治通鑑は、最後に心を決めさせたのを吉頊の進言とする。政変を率いた者を、旧唐書のは皇太子と桓彦範・敬暉とし、資治通鑑は張柬之らとする。位を譲るよう迫られたとき、新唐書ではそのまま横になって何も言わず、資治通鑑では居合わせた者に言葉をかけた。享年は旧唐書が八十三、資治通鑑が八十二、新唐書が八十一とする。

武則天とつながる皇帝

在位中の出来事

反乱2・改元14・大赦17
  1. 改元690年10月16日元号を「天授」とする
  2. 690年10月16日国号を周と改め称帝すると同時に大赦・改元天授。
  3. 改元692年元号を「如意」とする
  4. 改元692年元号を「長寿」とする
  5. 692年大赦・改元如意(禁断天下屠殺も合わせて発布)。
  6. 692年大赦・改元長寿。
  7. 693年金輪聖神皇帝号加上と同時に大赦(改元なし)。
  8. 改元694年元号を「延載」とする
  9. 改元694年元号を「証聖」とする
  10. 694年越古金輪聖神皇帝号加上・大赦・改元延載。
  11. 694年慈氏越古金輪聖神皇帝号加上・大赦・改元証聖。
  12. 改元695年元号を「天冊万歳」とする
  13. 695年南郊親祀・天冊金輪聖神皇帝号加上・大赦(大辟罪以下、十悪の常赦所不原者も含め赦除)・改元天冊万歳。
  14. 改元696年元号を「万歳登封」とする
  15. 改元696年元号を「万歳通天」とする
  16. 696年嵩岳封禅と同時に大赦・改元万歳登封。
  17. 696年明堂親享と同時に大赦・改元万歳通天。
  18. 反乱696–697年営州契丹の反乱(李尽忠・孫万栄の乱)
  19. 改元697年元号を「神功」とする
  20. 改元697年元号を「聖暦」とする
  21. 697年契丹(李尽滅等)平定を機に大赦・改元神功。
  22. 697年明堂親享と同時に大赦・改元聖暦。
  23. 698年廬陵王哲(後の中宗)の皇太子復位と同時に大赦(改元なし)。
  24. 改元700年元号を「久視」とする
  25. 700年病気平癒を機に大赦・改元久視(金輪等の尊号は停止)。
  26. 700年旧暦(夏正)への復旧と同時に大赦(改元なし)。
  27. 改元701年元号を「大足」とする
  28. 改元701年元号を「長安」とする
  29. 701年京師(長安)行幸と同時に大赦・改元長安。
  30. 702年南郊親祀と同時に大赦(改元なし)。
  31. 改元705年2月元号を「神龍」とする
  32. 705年2月大赦・改元神龍。
  33. 反乱705年2月神龍政変

唐の歴代皇帝

歴代21人の一覧

年表

唐の時代を年表で見る

周が中国史のどこにあたるか、同じ時代の王朝と前後の時代を並べて見られます。

即位経路が「受禅(易姓)」の18名をデータベースで見る

収録基準・各項目の数え方・出典はこのサイトについてを、ほかの皇帝は皇帝一覧をご覧ください。