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魏(三国)第3代

曹芳

在位 239–254年(15年268日)239年1月22日 〜 254年10月17日

日本は弥生・古墳時代

幼くして明帝の跡を継ぎ、高平陵の変を経て、司馬師に廃された魏の皇帝である。

  • 240年

    卑弥呼

    魏の使いが詔書と印綬を持って倭国へ渡り、倭王(卑弥呼)に授けた。

    原文
    • 正始元年太守弓遵遣建中校尉梯儁防奉诏书印绶诣倭国拜假倭王― 三国志(魏書 巻三十 烏丸鮮卑東夷伝(倭人の条))

曹芳の人物データ

生年
不詳年齢は史書に記された年齢から数えた
在位
  • 239年1月22日〜254年10月17日
15年268日長い順79位/365人8歳で即位(数え年)254年に在位を終え、20年後の274年に没
没年
274年43歳(数え年)長生き順同率115位/266人
死因
同じ死因31人/365人
即位経路
先代
  • 明帝魏曹芳は明帝の養子
次代
  • 曹髦魏曹髦は曹芳の従兄弟
呼び名
姓曹諱芳字蘭卿呼び名の見方
目立つ記録
  • 皇后を立てた 3回多い順同率5位

出典

在位
三國志 魏書四 三少帝紀
死因
三國志 魏書四 三少帝紀 裴松之注引魏世譜
即位経路
三國志 魏書四 三少帝紀

生涯

どんな皇帝か

陳寿の評は、幼児を養って位を伝えた明帝を責め、曹芳の人柄には触れない。

即位まで

明帝の養子で、宮中のことは秘されて出自を知る者はいなかった。239年、明帝は臨終に司馬懿の手を取り、曹爽とともに幼い子を輔けるよう託した。その日に曹芳は皇太子となって即位し、曹爽と司馬懿が政治を補佐した。

史料について

裴注の引く魏氏春秋は、任城王曹楷の子とする説を伝え、8歳の曹芳が臨終の場にいたとする。

治世と最期

246年には、売られる老いた官奴婢を良民とし、道の修理で老人や子どもを鞭打つことを禁じる詔が出た。論語・・礼記を学び終えるたびに孔子を祀らせたが、247年には、何晏が後園などへ出るときは大臣を伴うよう、孔乂が後園での騎馬をやめるよう上奏した。

249年、曹芳が高平陵に参詣して曹爽兄弟が随行した隙に、司馬懿は武器庫を押さえ、曹爽・何晏らはまで殺された。251年、王淩が曹芳を廃して楚王曹彪を立てようと謀っていたことが知られ、司馬懿が東征すると自殺した。254年、李豊と皇后の父張緝らが夏侯玄をに立てようとして誅された。

同じ年、政務を見ずに内寵と倡優に耽ったとする太后令で斉王に戻され、太后と泣いて別れて宮を出た。晋が魏に代わると邵陵県公に封じられ、274年に没した。

史料について

李豊らの企てを、三国志の本文は曹芳の関与を書かず皇帝を脅される側に置くが、晋書の景帝紀は曹芳自身を謀の中心とする。世語・魏氏春秋は、司馬昭を殺す詔まで用意されたが曹芳は恐れて実行できなかったとし、裴松之は許允の経歴が合わないと疑うが、資治通鑑はこれを廃位のきっかけとして採る。裴注の引く魏書の廃位の上奏は、令狐景に諫められて天子になっても自由にできないのかと言い、焼いた鉄で焼かせたことなどを挙げる。廃した側の言い分である。太后との別れは裴注の引く魏略による。移された先を、晋書の范粲伝は金墉城とする。邵陵県公の封と没年は裴注の引く魏世譜にだけあり、死因はどの書にも無い。

曹芳とつながる皇帝

三国の勢力図(239年)

勢力図

三国の勢力図で見る

239–254年の地図に、曹芳が治めた国が描かれています。

在位中の出来事

反乱2・皇后3・改元2・大赦9
  1. 239年
  2. 239年1月22日帝甚病のため皇太子に立てられ即日皇帝に即位、大赦を行った。
  3. 改元239年12月元号を「正始」とする
  4. 243年皇后甄氏(甄儼の孫女)を立てるのに伴い大赦。
  5. 皇后243年甄氏(文昭甄皇后の兄・甄儼の孫女)を皇后に立てる。
  6. 改元249年元号を「嘉平」とする
  7. 249年高平陵の変(曹爽誅滅)の直後に大赦。
  8. 251年大赦(この直後に太尉王凌の謀反発覚)。
  9. 反乱251年王凌の乱(王凌・楚王曹彪擁立未遂事件)
  10. 252年皇后張氏を立てるのに伴い大赦。
  11. 皇后252年張氏を皇后に立てる。
  12. 253年
  13. 254年中書令李豊らの廃立謀議発覚・誅殺の後に大赦。
  14. 254年皇后張氏を廃した直後に皇后王氏を立て、大赦。
  15. 皇后254年王氏を皇后に立てる。
  16. 反乱254年10月17日大将軍司馬師による齊王芳廃立(嘉平の政変)

魏の歴代皇帝

歴代5人の一覧

年表

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魏が中国史のどこにあたるか、同じ時代の王朝と前後の時代を並べて見られます。

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