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中国の皇帝の呼び名

乾隆帝・高宗・弘暦は同じ人です。中国の皇帝には、本人の名(諱)、死後に贈られる廟号と諡号、年に付ける元号など、呼び名がいくつもあります。それぞれの意味と、どの時代の皇帝をどの名で呼ぶかをまとめました。

1人に呼び名がいくつもある

乾隆帝(けんりゅうてい)の個別ページには、次の札が並んでいます。どれも同じ1人の呼び名です。

  • 姓愛新覚羅(あいしんかくら)
  • 諱弘暦(こうれき)
  • 廟号高(こう)宗(そう)
  • 諡号純皇帝(じゅんこうてい)
  • 元号乾隆(けんりゅう)

日本で「乾隆帝(けんりゅうてい)」と呼ぶのは、元号の「乾隆(けんりゅう)」に「帝」を付けた呼び方です。中国の史書では廟号の「高(こう)宗(そう)」と書かれ、本人の名は「弘暦(こうれき)」です。

それぞれの意味

姓せい

一族の名です。漢(かん)の皇帝は「劉(りゅう)」、唐(とう)は「李(り)」、清(しん)は「愛新覚羅(あいしんかくら)」のように、王朝ごとにほぼ決まっています。

諱いみな

本人の名です。「忌み名」の意味で、皇帝の諱は口にしたり文書に書いたりするのを避けるのが決まりでした(避諱)。そのため史書は皇帝を諱では呼びません。

字あざな

大人になってから付ける、もう1つの名です。目上の人以外は、諱の代わりに字で呼びました。

幼名ようめい

子どものころの呼び名です。史書では「小字」と書かれます。

廟号びょうごう

亡くなったあと、先祖を祀る宗廟に位牌を納めるときの名です。「太祖(たいそ)」「太宗(たいそう)」「高(こう)宗(そう)」のように「祖」か「宗」で終わります。

このサイトの365人のうち、廟号があるのは182人です。唐より前は限られた皇帝にしか贈られず、前漢は14人中7人、唐は24人中19人です。

諡号しごう・おくりな

亡くなったあと、生前の行いを評価して贈る名です。「武帝(ぶてい)」「文帝(ぶんてい)」の「武」「文」がそれにあたります。時代が下ると、ほめる言葉を重ねて長くなりました。

乾隆帝(けんりゅうてい)の諡号は全部で「法天隆運至誠先覚体元立極敷文奮武欽明孝慈神聖純皇帝(ほうてんりゅううんしせいせんかくたいげんりっきょくふぶんふんぶきんめいこうじしんせいじゅんこうてい)」の25字で、ふだんは最後の「純皇帝」だけを書きます。このサイトの365人のうち、諡号があるのは154人です。

元号げんごう

年に付ける名です。前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)のころに始まり、皇帝が定めて、途中で改めること(改元)もありました。元までは1人の皇帝が何度も改元することが珍しくありませんでしたが、明からは皇帝1人に元号1つ(一世一元)が原則になりました。

このサイトの明と清の皇帝で元号を2つ使ったのは、正統帝(せいとうてい)(正統(せいとう)・天順(てんじゅん))と宣統帝(せんとうてい)(宣統(せんとう)・康徳(こうとく))だけです。どちらも一度退位したあと、再び皇帝になっています(宣統帝(せんとうてい)の康徳(こうとく)は満洲国(まんしゅうこく)の元号)。元号の一覧は元号一覧にあります。

どの名で呼ぶか

日本では、時代によっておおむね次のように呼び分けます。このサイトの皇帝の名前も、おおむねこれに合わせています。

  • 唐(とう)より前の皇帝は諡号で呼ぶ(漢(かん)の武帝(ぶてい)・魏(ぎ)の文帝(ぶんてい))
  • 唐(とう)から元(げん)までの皇帝は廟号で呼ぶ(唐(とう)の太宗(たいそう)・宋(そう)の太祖(たいそ))
  • 明(みん)と清(しん)の皇帝は元号に「帝」を付けて呼ぶ(永楽帝(えいらくてい)・乾隆帝(けんりゅうてい))

諡号や廟号は王朝が変わると同じものが使われるので、同じ呼び名の皇帝が何人もいます。名前だけでなく、王朝と合わせて見てください。