
元第9代(別の数え方では第5代このサイトの番号は、元史の本紀にならってチンギス・カンから数えたもの。国号を大元と定めた世祖フビライを初代とする数え方もあり、そちらで書く辞典もある。)統一王朝中国を統一して治めた時期がある王朝。
英宗シデバラ
在位 1320–1323年(3年138日)1320年4月19日 〜 1323年9月4日
日本は鎌倉時代
丞相皇帝を助けて政治全体を取りまとめた最高位の役職の拝住とともに法令を整えたが、南坡で鉄失らに丞相とともに殺された元の皇帝である。
英宗の人物データ
- 生年
- 1303年2月22日
- 在位
- 1320年4月19日〜1323年9月4日
- 没年
- 1323年9月4日21歳(数え年)長生き順同率227位/266人
- 死因
- 暗殺同じ政権の中の家臣・皇族・宦官などに殺された死。毒殺も含む。非業の死このサイトでは、暗殺・処刑・戦死・自害の4つをまとめて非業の死と呼んでいる。同じ死因92人/365人
- 呼び名
- 漢字音写碩徳八剌呼び名の見方
出典
- 在位
- 元史 英宗紀一
- 死因
- 元史 巻二十八(英宗二)
- 即位経路
- 元史 巻二十四(仁宗一)
生涯
即位まで
治世と最期
即位の年に拝住を中書平章政事中央の役所で国の政治を担う高官に、ついで左丞相に取り立てた。阿散らが廃立君主や跡継ぎを退け、別の人を立てることを謀ったと告げられると、拝住は取り調べを求めたが、英宗は太皇太后皇帝の祖母の代の后に贈る称号の名を持ち出されることを案じて、全員を誅させた。1321年、寿安山の寺の造営を諫めた監察御史役人の不正を調べて皇帝に訴える役人のうち二人を殺し、二人を杖打って奴児干の地へ流した。
1322年に鉄木迭児が死ぬと、拝住が右丞相となり、左丞相を置かず独りで政を任された。同じ年、漢人が兵器を執って武芸を習うことを禁じ、宿衛宮中に泊まり込んで皇帝を守ること、またその兵などに南人を用いることも禁じた。1323年には格例を定めて大元通制として天下に頒行し、助役法元で、人々の労役の負担を助けるための制度を行う詔を出した。さらに鉄木迭児の官爵官職と爵位を追奪死後にさかのぼって位などを取り上げることしてその碑を毀ち、父祖の碑も毀った。
鉄失らの一党はこれを恐れ、晋王の也孫帖木児に逆謀を告げた。晋王はその使者を囚え、別に上都へ使者を遣わして変を告げさせたが、知らせは間に合わなかった。同じ年、上都から戻る途中の南坡で、鉄失らが拝住を殺し、英宗を行幄旅先で皇帝が用いるテントで殺した。
史料について
拝住が右丞相となった月を、英宗紀と拝住伝は違えて書く。晋王への密告と使者のことを、英宗紀は書かない。元史の論は剛明と評しつつ、刑罰に果断だったため奸党が誅を恐れて大変を起こしたとし、新元史の史臣歴史書を編み、その中で評を述べた人は、逆党を身辺に置いた英宗の失刑によるとして、元史の評を退ける。
英宗とつながる皇帝
在位中の出来事
反乱23・皇后1・改元1・大赦1
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。1320年4月19日
- 反乱1320年5月18日(首魁名不明・
洞蛮)の反乱 - 反乱1320年6月26日阿散・
黑驢・ 脱忒哈・ 失列門らの反乱 - 改元1320年12月30日元号を「至治」とする
- 皇后1321年皇后を立てる
- 反乱1321年盧砰の反乱
- 反乱1321–1322年円明・
劉志先の反乱 - 反乱1321年儂志德の反乱
- 反乱1321年(首魁名不明・土番諸種)の反乱
- 反乱1321年秦元吉の反乱
- 反乱1321年貞公の反乱
- 反乱1321年田謀遠の反乱
- 反乱1322年王道明の反乱
- 反乱1322年王驢児の反乱
- 反乱1322年(首魁名不明・
洞蛮)の反乱 - 反乱1322年符翼軫の反乱
- 反乱1322年潭庚生の反乱
- 反乱1323年1月18日(旧暦年だけを書く所は、教科書・辞典と同じく、元号の年に当たる西暦の年で書いています。旧暦の年末(11・12月)は西暦では翌年の1・2月に入るので、日付の年が1つ後ろになります。 年の書き方 1322年12月11日)岑世興の反乱
- 反乱1323年1月24日(旧暦年だけを書く所は、教科書・辞典と同じく、元号の年に当たる西暦の年で書いています。旧暦の年末(11・12月)は西暦では翌年の1・2月に入るので、日付の年が1つ後ろになります。 年の書き方 1322年12月17日)龍仁貴の反乱
- 反乱1323年1月27日(旧暦年だけを書く所は、教科書・辞典と同じく、元号の年に当たる西暦の年で書いています。旧暦の年末(11・12月)は西暦では翌年の1・2月に入るので、日付の年が1つ後ろになります。 年の書き方 1322年12月20日)把者の反乱
- 反乱1323年2月12日(首魁名不明・
思明州賊)の反乱 - 反乱1323年3月1日留応総の反乱
- 反乱1323年3月6日(首魁名不明・獠族)の反乱
- 反乱1323年4月21日参卜郎諸族の反乱
- 反乱1323年7月(首魁名不明)の反乱
- 反乱1323年9月4日御史大夫鉄失、知枢密院事也先帖木児、大司農失禿児らの反乱
元の歴代皇帝
歴代15人の一覧- 第1代チンギス・カン皇帝を名乗っていない1206–1227年
- 第2代オゴデイ皇帝を名乗っていない1229–1241年
- 第3代グユク皇帝を名乗っていない1246–1248年
- 第4代モンケ皇帝を名乗っていない1251–1259年
- 第5代世祖クビライ1260–1294年病死
- 第6代成宗1294–1307年病死
- 第7代武宗1307–1311年病死
- 第8代仁宗1311–1320年病死
- 第9代英宗1320–1323年暗殺
- 第10代泰定帝1323–1328年病死
- 第11代天順帝1328年不詳
- 第12・14代文宗1328–1329年1329–1332年(復位)病死
- 第13代明宗1329年暗殺
- 第15代寧宗1332年病死
- 第16代恵宗1333–1370年病死
年表
元・
元が