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元第16代

恵宗トゴン・テムル 順帝

在位 1333–1370年(36年308日)1333年7月19日 〜 1370年5月23日

日本は室町時代

1333年に即位し、1368年に大都を出て北へ逃れた元の皇帝である。

恵宗の人物データ

生年
1320年5月25日
在位
  • 1333年7月19日〜1370年5月23日
36年308日長い順15位/365人14歳で即位(数え年)
没年
1370年5月23日51歳(数え年)長生き順同率79位/266人
死因
同じ死因169人/365人
即位経路
先代
  • 寧宗元恵宗は寧宗の兄
次代
  • 昭宗北元昭宗は恵宗の子
呼び名
漢字音写妥懽帖睦爾呼び名の見方
目立つ記録
  • 大赦 18回多い順同率8位
  • 皇后を立てた 4回多い順4位
  • 反乱を起こされた 34回多い順6位
  • 遷都 2回多い順同率2位

出典

在位
元史 順帝紀一(即位)/元史 順帝紀十(崩御)
死因
元史 巻四十七(順帝十)
即位経路
元史 巻三十八(順帝一)

生涯

即位まで

明宗の長子で、母は罕禄魯氏である。元史の順帝紀によれば、1330年に明宗の后の八不沙が讒言で害されたのち、高麗の大青島に移された。のち明宗が恵宗を己の子でないと言っていたとする詔が出され、恵宗は静江に移された。1332年に寧宗が崩じると、燕鉄木児は燕帖古思を立てるよう請うたが、文宗の后は長子の恵宗を立てるべきだとした。燕鉄木児の死後、文宗の后は恵宗を立て、のちは燕帖古思に位を伝えると約した。元史の即位の詔は皇太后の言葉として、八不沙が嫉妬から偽りを言い立て、文宗はのちにそれを偽りと知って臨終に兄の子に継がせよと命じたと述べる。1333年に即位し、その場所を元史は上都、新元史は大都とする。

治世と最期

即位ののち、自ら裁けば悪名を負うとの進言を信じ、宮中にこもった。1337年、柳林での狩猟をに諫められると嘉納し、魏徴の例を挙げて賞を受けさせた。伯顔が二人の王を擅に貶めると恵宗は忿り、1340年に伯顔を黜けて、帝の年少を欺いたと責めた。

1351年、賈魯に黄河を治めさせ、同じ年に潁州の劉福通が紅巾を号として反した。1354年、の脱脱はを削られた。元史の脱脱伝と哈麻伝は、哈麻の意を受けた御史が脱脱の弟をしたことによるとし、脱脱伝は哈麻がのちに詔を偽って使者を遣わし脱脱を毒殺させたと記す。順帝紀の1354年の条は、京師の大飢饉のあとに、恵宗が自ら設計した龍船を浮かべ、遊宴に溺れていたと記す。元史后妃伝は、恵宗が政に怠ると奇皇后と皇太子が譲位を謀り、恵宗が怒ったと記す。

1368年、北へ逃れることを失列門らが諫めたが、恵宗は聴かず夜半に大都を出た。1370年に応昌で痢疾により崩じた。明は、恵宗が天命に順って退き去ったとして順帝の号を加えた。新元史のは、を作り天文に通じたと認めつつ、恵宗の淫湎を批判する。

恵宗とつながる皇帝

元末の勢力図(1351年)

勢力図

元末の勢力図で見る

1351–1369年の地図に、恵宗が治めた国が描かれています。

在位中の出来事

反乱34・遷都2・皇后4・改元3・大赦18
  1. 反乱1333–1335年広西・道州徭乱(初期)
  2. 1333年7月19日
  3. 皇后1333年9月燕鉄木児の娘・伯牙吾氏(答納失里、欽察氏)を皇后に立てる。
  4. 改元1333年11月15日元号を「元統」とする
  5. 1334年
  6. 1334年
  7. 改元1335年元号を「至元」とする
  8. 1335年
  9. 1335年
  10. 1335年
  11. 皇后1337年弘吉剌氏の伯顔忽都を玉宝・玉冊をもって皇后に立てる。
  12. 反乱1337年朱光卿の乱(自称大金国)
  13. 反乱1337年合州大足の乱(自称南朝趙王)
  14. 反乱1337年棒胡の乱
  15. 1338年
  16. 反乱1338年周子旺の乱(僭称周王)
  17. 反乱1338年李志甫の乱(漳州南勝)
  18. 反乱1339年范孟の乱(偽伝帝旨)
  19. 皇后1340年皇后を立てる
  20. 改元1341年元号を「至正」とする
  21. 反乱1341年何仁甫の乱(道州)
  22. 反乱1341年道州蒋丙の乱(自号順天王)
  23. 反乱1342年雲南車里の反乱
  24. 反乱1342年慶遠路莫八の乱
  25. 1343年
  26. 反乱1343年阿魯・禿満の謀反未遂
  27. 反乱1343年遼陽吾者野人の反乱(断続的)
  28. 反乱1344年益都塩徒郭火你赤の乱
  29. 1346年
  30. 反乱1346年汀州連城の乱
  31. 反乱1346年散毛洞蛮の反乱
  32. 反乱1346年湖広徭族呉天保の乱
  33. 反乱1347年亦憐只答児の乱
  34. 反乱1348年遼東鎖火奴の乱(自称大金子孫)
  35. 反乱1348年遼陽兀顔撥魯歓の乱(自称大金子孫)
  36. 1350年
  37. 反乱1350年冀寧平遥の乱
  38. 反乱1351年江西瑞州の乱
  39. 反乱1351年徐州(芝麻李)の乱
  40. 反乱1351年紅巾軍(劉福通・韓林児)の反乱
  41. 反乱1351年徐寿輝天完政権とその後継反乱
  42. 1352年
  43. 1353年
  44. 反乱1353年張士誠の乱(泰州・高郵、後の呉王)
  45. 1356年
  46. 1357年
  47. 反乱1357年済寧・東平の乱(元将からの離反)
  48. 反乱1357年泉州の乱(亦思巴奚兵乱)
  49. 反乱1358年部落滅里の乱(趙王暗殺未遂)
  50. 反乱1359年京師兵馬司の謀反未遂
  51. 反乱1360年陽翟王阿魯輝帖木児の乱
  52. 1361年
  53. 反乱1361年広東八撒剌不花の乱(広州占拠)
  54. 1363年
  55. 反乱1364年孛羅帖木児のクーデター(京師侵入)
  56. 1365年
  57. 皇后1366年皇后を立てる
  58. 1367年
  59. 反乱1367年拡廓帖木児討伐令(貊高派の讒言)
  60. 遷都1368年大都(Dadu、現北京) → 上都(Shangdu、開平)
  61. 遷都1369年上都(Shangdu、開平) → 応昌(応昌府)

元の歴代皇帝

歴代15人の一覧
  1. 第1代チンギス・カン皇帝を名乗っていない1206–1227年
  2. 第2代オゴデイ皇帝を名乗っていない1229–1241年
  3. 第3代グユク皇帝を名乗っていない1246–1248年
  4. 第4代モンケ皇帝を名乗っていない1251–1259年

年表

元・北元の時代を年表で見る

元が中国史のどこにあたるか、同じ時代の王朝と前後の時代を並べて見られます。

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