
傍系から迎えられて即位し、党錮役人や学者を仲間(党)とみなし官職から締め出したことの禁と売官お金を取って役職を与えること、黄巾の乱が重なった後漢の皇帝である。
霊帝の人物データ
- 生年
- 不詳年齢は
史書に 記された 年齢から 数えた - 在位
- 168年2月17日〜189年5月13日
- 没年
- 189年5月13日34歳(数え年)長生き順同率169位/266人
- 死因
- 病死病気や老衰による死。同じ死因169人/365人
- 呼び名
- 姓劉諱宏呼び名の見方
- 目立つ記録
- 大赦 19回多い順7位
出典
- 在位
- 後漢書 巻八 孝靈帝紀
- 死因
- 後漢書 巻八 孝靈帝紀/後漢書 列傳第五十九 竇何列傳(何進傳)/資治通鑑 巻五十九
- 即位経路
- 後漢書・
本紀第九章 孝霊帝紀
生涯
どんな皇帝か
後漢書の賛は、霊帝が身を宦官去勢されて宮中で皇帝や后妃に仕えた男に委ねたとまとめ、蓋勲は、とても聡明だが側近に覆い隠されていると評した。
即位まで
治世と最期
即位の年に、宦官の曹節が詔を偽って陳蕃・竇武らを一族ごと誅した。169年、侯覧の働きかけで李膺・杜密らが鉤党互いに結びついた仲間とされた役人や学者たちとして獄に下され、百余人が死んだ。178年、宋皇后が呪詛していると王甫らが讒言すると、霊帝は信じて璽綬位や官職を示す印とそれを下げるひもを取り上げ、皇后は暴室で憂いのうちに死んだ。同じ年に西邸を開いて官を売り、側近には公を千万、卿を五百万で売らせた。
侯家の貧しい出だったことから私財を蓄え、宦官の張常侍を父、趙常侍を母と呼んでいた。学問を好んで自ら皇羲篇を作り、書の巧みな者らを鴻都門に待機させたが、楽松・賈護らが素行の悪い者も引き入れ、彼らが語る世間の小話を喜んで序列を飛ばして地位を与えた。181年には後宮に店を並べて采女に売り買いさせ、自らも商人の服を着て酒宴を楽しみ、犬に冠を着けさせ、驢馬の車を自ら駆った。同じ年、何皇后が劉協を産んだ王美人を毒殺すると、霊帝は激怒して皇后を廃そうとしたが宦官に請われて取りやめ、王美人を偲んで追徳賦を作った。
184年、鉅鹿の張角の配下が黄巾を着けて各地で同じ日に蜂起した。霊帝は、十常侍を斬るよう上書君主に意見を書いて差し出すことした張鈞を本当の狂人だと怒り、張鈞はのちに獄死した。のちに崔烈が五百万銭を納めて司徒朝廷で最も位の高い大臣の一つになると、もう少し惜しめば千万取れたと側近に言った。188年には西園八校尉漢の末に宮中の西園に置かれた八人の軍の指揮官を置き、自ら無上将軍と称して平楽観で兵を並べて見せた。189年に南宮の嘉徳殿で没した。病が重くなると、皇子の協を蹇碩に託していた。
史料について
本紀皇帝ごとの出来事を年代順に書いた記録やその部分は死因を書かない。病が重くなって協を託した話は、何進の伝と資治通鑑にある。
霊帝とつながる皇帝
在位中の出来事
反乱21・皇后2・改元4・大赦19
- 改元168年2月元号を「建寧」とする
- 反乱168年2月〜169年8月先零羌の反乱(段熲討伐)
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。168年3月
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。169年
- 反乱169年江夏蛮の反乱(1回目)
- 反乱169年丹陽山越賊の反乱
- 反乱170年済南賊の反乱
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。171年帝が元服を加えるにあたり大赦。
- 皇后171年皇后を立てる
- 改元172年元号を「熹平」とする
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。172年大赦・
改元熹平(改元と同時の大赦)。 - 反乱172–174年会稽許生の反乱
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。173年
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。174年
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。175年
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。176年
- 反乱176年益州郡夷の反乱
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。177年
- 改元178年元号を「光和」とする
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。178年大赦・
改元光和(改元と同時の大赦)。 - 反乱178–181年合浦・
交阯烏滸蛮の反乱 - 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。179年
- 反乱179–182年巴郡板楯蛮の反乱(1回目)
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。180年
- 反乱180年江夏蛮の反乱(2回目)
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。181年
- 皇后181年皇后を立てる
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。182年
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。183年
- 反乱184年黄巾の乱
- 反乱184年巴郡妖巫張脩の反乱
- 改元185年元号を「中平」とする
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。185年大赦・
改元中平(改元と同時の大赦)。 - 反乱185年〜189年3月涼州の乱(湟中義従胡・
先零羌・ 金城の反乱) - 反乱185年黒山賊(張牛角ら)の反乱
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。186年
- 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。187年
- 反乱187年滎陽賊の反乱
- 反乱187年〜189年4月漁陽張純・張挙の反乱
- 反乱187年休屠各胡・
南匈奴の内乱 - 大赦国全体の罪人をまとめて赦すこと。188年
- 反乱188年黄巾余賊・白波賊(郭太ら)の反乱
- 反乱188年汝南葛陂黄巾の反乱
- 反乱188年益州黄巾馬相の反乱
- 反乱188年青・徐黄巾の再起
- 反乱188年巴郡板楯蛮の反乱(2回目)
後漢の歴代皇帝
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